mosca cieca5





目の見えぬその眼(まなこ)で

ほら、追いかけろよ(追いかけてやるよ)

終わらない(終わらせない)


2人だけのmosca cieca




mosca cieca5





この世に『ずっと』なんてものはない。

カタギの皆様よりも遥かに多く、死、というモノに対面し続ける世界に生きてきて、
ましてや、曲がりなりにもその世界の隅っこで、ボスなんてものを担っている自分だからこそ
そんな事はとっくに理解し切ってたつもりだった。

だけど、それが単なる勘違いだったって、今頃になって気付かされる。
『ずっと』をうっかり信じそうになってた俺に神サマは言う。情けも、容赦も、救いもなく。
――お遊びはもうオシマイなんだって。



『GDのバクシー・クリステンセンが行方不明だそうだ』

そう言ったベルナルドのその声を、しばらく夢に見るだろうとジャンは思った。

休暇中とはいえ、ボスが誰にも現況を知らせないのはまずいだろう――という筆頭幹部の忠告の下、
盲目のバクシーという、超取り扱い注意なお荷物を拾ってしまったあの日からも、ジャンはこうして定期的に、街角の公衆電話からベルナルドへ連絡を入れていた。
CR:5の情勢と、他の幹部の動静と、それから他愛ないバカ話をいくつか。
ベルナルドと話すのはそれくらいで、電話は常に五分で終了。
勘の鋭い彼に、迂闊な長話で何かを悟られることだけは、絶対に避けなければいけなかったからだ。

「…ふーん、あンのクソ笑いヤンキーがねェ?どっかで野垂れ死んでんのと違う?」
『だったら助かるんだがね。…デイバンに来てるって噂もある。お前も気をつけろよ、ジャン』
「わぁーかってるって!誰が近付くかよ、あんなバケモン」



片手に抱いた紙袋をわざとらしく抱え直しながら、努めて気のない相槌を打つ。
うなじを伝う冷や汗に、ジャンはかすかに首を竦めた。
今の自分の喋り方に、不自然さはなかったか。声は上擦っていなかったか。
いつものような軽薄さで、心配してくれてるのネありがとうダーリン、と、震えず続けられただろうか?

「……あのよ?参考までに聞いとくけど、何かあったんけ?その……アイツとGDとの間に、よ」
『ちょっとした仲間割れらしいんだが、詳しくは俺も分からない。
 ま、組織にとって、従属しない実力者なんてのは厄介なだけだからな。排除しようって連中がいても不思議じゃないだろ』
「イヴァンを目の敵にしてるウチのお偉いサンたちみたく、ってか。…分かった、サンキューベルナルド」
『プレーゴ。ナターレまでには戻ってこいよ』

ナターレ、イタリアで言うところのクリスマス。
自分たちみたいなヤクザ者にとっても、一年でいちばん意味のある、とてもとても大切な日。
もうそんな時期だったかと思いながら、ベルナルドが回線を切ってからもしばらくの間、ジャンはぼんやりとそこに佇んでいた。
押し当てた受話器の向こうから聞こえるノイズ。
ツーツーという味気ない音に混じって届く、プツプツという泡の弾けるような響きは、やがて小さな雨音のようにジャンの鼓膜をくすぐった。

(そういや、アイツを拾った日も、雨…降ってたっけな…)

視力を失い、怪我を負い、でかいマネキンみたいに薄暗い小路に転がっていた姿を思い出す。

と同時に、どこかで考えることを避けていた疑問や何やらが、一気に頭にあふれ出し、束の間、ジャンはパニックになった。

――あの時、放っておくことだって出来たのに、どうしてそうしなかったんだろう?

――あの人間離れした男に一発食らわせられるヤツが、果たしてこの世に存在するだろうか?

――アイツは何もかも計算づくで、俺だと気付かないふりを続けながら、何かを企んでるんじゃないのか?

そしてベルナルドは俺の嘘も状況も本当は全部知っていて、暗に釘を刺しているんだとしたら――?

「………っ、わかんねぇよ…!」

叫ぶなり受話器を叩きつけ、見えない何かを振り切るように、ジャンは歩道を駆け出した。



「うあー…チックショー…」

家路を辿る途中から前触れなく降り始めた雨が、玄関ドアを潜ったジャンの全身を、これでもかというほど濡らしていた。
ぽたぽたと雫の垂れる前髪を絞りながら、コートとジャケットを脱いで放り投げる。
何もない空間に放ったつもりだったが、予想に反して返ってきた手応えに、びくッとジャンは身構えた。
狭っ苦しくて薄暗い玄関脇のスペースに、巨大な何かがうずくまっている。

「!?」

「やぁーっとお帰りかァ、仔猫ちゃんよオ?」

待ちくたびれたっつーの、とぼやきながらのっそり立ち上がったのは、他ならぬバクシーその人だ。
ジャンが投げたコートを頭に引っかけたまま、つまらなそうに大あくびなどかましている。
そんな彼を、何故かまともに見られないまま、何してんだとジャンは問いかけた。

「目も見えねーのに危……っ、うわッ…!?」

バクシーの腕を掴もうとして伸ばした手を、いきなり強く引っ張られ、ぐらりと大きく身体が揺れる。
もつれた足を払われて倒れたその上に、重い巨体に馬乗りされて、突然の事態にジャンは瞳を瞬かせた。
「何、しやが……っふぅ…ん…」

唇に齧りつかれた瞬間に、ぞくりと背中に痺れが走る。
器用に動く長い舌が、ぴちゃぴちゃと音を立てながら、隈なく口内を蹂躙していく感触に、我知らず甘い吐息が漏れた。
そんなジャンを嘲るように、唇を離してバクシーが笑う。

「気ン持ちよさそーだなァお嬢ちゃん。初っ端から腰が揺れてんぜェ」
「手前ッ…この、いきなり何しやがる!?てかこんなとこでサカってんじゃねーよ!」
「ファーーーック!この有り様で他に何しろっつーんだ、このクソッタレが!一人じゃ暇も潰せねえっつーの。
 大体オメー、コッチの面倒見ンのも込みで、俺の世話してんじゃねーのけ?……なァ、『どこか』の『誰かさん』よォ?」

最後のセリフを聞いた瞬間。
ぎくり、と全身が硬直した。

間近く迫っている顔を、穴が開くほどジャンは凝視する。
新しく巻かれた真っ白な包帯。ぐるぐると幾重にも重ねられたそこに、解いた跡は見受けられない。
そもそも解いていたところで、視力は戻っていないはずだ。そんな事をする意味はない。
でも。

「お前、もしかして、目…治ってんのか?」
「んなわきゃネェーだろ」

短く返された言葉の後に、またしても潜り込んでくる舌。
好き勝手に口中を暴れ回るそれに翻弄されながら、それでも、とジャンは考えた。
もし、もしも、コイツの目が治っていたとして。
それでもここに居続ける、そんな理由がコイツにあるのか、と。

「…ありえねえ、よな」

呟くジャンのシャツを、大きな手が乱暴にはだけていく。形ばかりの抗議の後、諦めにジャンは目を閉じた。
こうなってしまった以上、バクシー相手に抵抗なんて、するだけ無駄だ。
急に大人しくなりやがってツマンネェ、などと勝手なことを言いながら後孔を探り当て、自身を押し付けてくるバクシーを
複雑な気分でジャンは受け入れた。

ずるッという生々しい響きと共に、とんでもない質量の熱が、性急にジャンを犯していく。

「んぅ、う……うぁ…!」
「イイぜ?もっと啼いて喚けや仔猫ちゃん。テメェのその声ぐらいしか、今の俺にゃ分からねーんだからな」
「…っあ…誰だか、分かんねー相手、と…っ…よく、んなコト…できる、なっ…」

根元まで収め切ってしまった肉棒を、馴染む間もなく引き抜いて、またしても深々と奥に埋め戻す。
そんな荒々しい行為の合間に、かすれた声でそう詰ると、皮肉げに口端を吊り上げてバクシーは吐き捨てるように囁いた。

「テメーが誰でもいーんだよ。
 こんな関係、俺の目が見えない間だけだって――お前がそう言ったんじゃねえか」

返答に、ジャンは目を見開いた。そうだ、確かにそう言った。
だけどそれは自分への…自分に対する、言い訳じみた言葉だった。
だから、まさかそれを返されて、こんなにも痛みを感じるなんて思わなかった。
胸も、心も、何もかもが――ただひたすらにズキズキと、痛い。

「…そう…だった、な……ああ、畜生…忘れてたぜ…」

自嘲して、ジャンはバクシーから目を逸らした。

訳もない動揺にうろたえる自分が、どうしてか酷く惨めだった。
背けた視界の先にある、床に転がった紙袋。そこから飛び出す品々に、潤み始めた瞳を細める。
床に散らばるアレコレは、バクシーのために、ジャンがマーケットで買い込んできた物ばかりだ。
これは好きだったろうか、あれを買ったら機嫌は良くなるか。
また、何かの拍子にコイツが笑ってくれやしないかなんて――期待していた自分に気付いておかしくなる。

(俺が誰でも…コイツには、どうだっていいんだから)

ああ、そうだな神サマ、本当に。
遊びはそろそろ終わるのかもしれない。




write by 【エレクトロヒューズ】 master 【叶野】
pict by 【SZK】 master 【スズキ カツヲ】




key:【 e 】





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