mosca cieca4





目の見えぬその眼(まなこ)で
ほら、追いかけろよ(追いかけてやるよ)

終わらない(終わらせない)

2人だけのmosca cieca





mosca cieca4







ちゃぷん、と天井から雫が降った。

取りあえず風呂だとまずはバクシーから残りの衣服を引っぺがしバスタブに入れ、蛇口を捻る。
冷てぇと盛大に怒鳴ったバクシーを一旦無視し、スープやら何やらでベタベタに汚れたシーツを引き剥がし、新しいシーツでベッドを整える。
換気のために窓を開けば、ひんやりとした風が少しだけ引かれていたカーテンの端を揺らした。
次いで自分も服を脱ぎ、汚れてしまった物は仕方がないと洗面台へ放り水につけ、取りあえず洗剤を入れておく。
他に洗う物はないかと部屋を見回していると、溢れっぞとタイマが鳴ったので風呂へと向かった。

きゅっと、蛇口を捻り手を入れ温度を測る。
ちょうどよい感じの微温湯の中、包帯を外したバクシーが寝そべるように浸かっている。
タオルが傷に触れないように注意し、湯の中でバクシーの体を洗う。
洗うと言えるかは怪しいが、石鹸で洗うにはまだ痛そうな傷で、先日、不注意でタオルが触れてしまったら物凄い剣幕で怒鳴られた。
"あれは若干怖かったんだよなー"
パチャパチャと水をバスタブに当てながら体を洗い、きゅっとシャワーの蛇口を捻る。
シャーと水が出、しばらく放置し温度を調節するとジャンは、バクシーに声をかけてから髪をシャワーでゆっくりと湿らせる。
水を吸った銀髪にバスタブやタイルの色が映り込む。
しっかりと湿った事を確認し、シャンプーをしっかりと泡立てる。
ルキーノに散々指導されたおかげか、髪の洗い方が幾分かましになったジャンに髪を洗われ、泡が入らないように目を閉じるバクシーをぼんやりと見つめながら髪をシャカシャカと洗う。
"大人しくしてればまだ、可愛げもあるのにな。"
自分で思った事に苦笑い、ジャンはもう一度額から洗い始める。

最初、バクシーは風呂へ入る事を嫌がった。
野良猫のように嫌がり、それでも何とかシャワーを浴びせるのが精一杯で、それが徐々に徐々にジャンに任せるようになり、今では何もしない程になった。
それもそれでどうよと思いながらも、どこかで可愛いと思ってしまっている。
"いや、コレに可愛いはないか。"
ぼんやりとつらつらと考えながら指を動かす。
髪を傷つけないように、指の腹で前から後ろへ
耳の後ろも丁寧に洗い、天辺から中心線は指をクロスされるようにして洗う。
"つるつるだよな。"
意外とバクシーの髪は上質だ。
柔らかい訳では無いが、指触りがいい。
時間を最大にかけて、好き勝手に髪を弄れる時間を楽しむジャンの視界の端で、バクシーが少しだけ、笑った。
"わ、らった?"
それは幻のような刹那で、ぱちと瞬きをしている間に消えてしまった。





あのバクシーが笑った。
"うそ"
かぁぁっと、体温が上がって行く気がした。
それでも指を止めなかった自分を誉めたたえながらもう一度バクシーの表情を覗き見る。

ふよふよと乗せられた泡が揺れ、ぽてりと落ちた。
「おい、泡!!」
「わかってるって、目、閉じてろよ?」
ったく、と手で流れた泡をすくい、水を切るようにしてバクシーが腕を振るった。
泡が細かく千切れ飛ぶ。
"以外に、優しいんだよな。"
タオルを取り、残っている泡を拭い、まだかと閉じられた目を向けたバクシーにもうちょいと返す。
驚くくらいに優しかった指先が、髪に触れ、夢見心地だなと思い驚いた。
以外に優しかった口付けにも驚き、先ほどまでの行為が頭をかすめ、どきりとまた体温が上がった気がする。
「流すぞー?」
誤魔化すようにシャワーで泡を流した。
排出口へと泡が水に呑まれ、消されながら吸い込まれる。
渦を描くように流され、目が回りそうになる。

バクシーの髪を洗うのが好きだ。
その時だけは大人しいし、好き勝手してもあまり怒鳴らない。
伏せられた目に自分は絶対に映らないし、なによりも少しだけ表情が優しい気がする。

髪を乾かすのも、好きだ。
熱い、うるさいと散々文句を言われ、それでも普通に会話が出来る。

もし、なんて事はないけれど、もし、普通に会話が出来て、食事をして、そんな当たり前の事が当たり前に出来るような出会い方をしていたらどうなっていたのだろうか。
考えても仕方がない"もしも"。
ひとつ一つ好きな事を知って、ひとつ一つ嫌いな事を知って、例えば食べ物の好みとか、動物とか、本とか、飲み物とか、そんな些細な事を一つ知ってみたい。
それには時間が必要で、このままならばそれも可能だろうかと思い付く。

"ないない。"
フルフルと頭を振るう。
何を恐ろしい事を考えているのだろうか。
ジュリオと互角の戦闘力と身体能力を持つ、見つかる前に全力で逃げなければならない超危険物だろうと、馬鹿な事を考えた自分を笑う。
"ただ、・・・・"
意外な優しさが珍しく、だからそう、ずっとこのままでと願ってしまうのだ。
何が"ずっと"で、何が"このまま"なのかと笑い、それでも続く事をいつの頃からか願っている。きっと。



「なぁ?」
きっと、あのキスのせいだ。
かさついた唇と、どうしようもない熱。
それでも抵抗を全て奪われるように優しかった。

そっと、上からバクシーの顔を包み込む。

そっと、目蓋に唇を乗せる。
「はやく、治るといいな?」
これはキスではない。

ちゃぷんと雫が、天井から落ちた。




write by 【仲野文庫】 master 【澪】
pict by【夢のたわごとR】 master 【ruu2】


key:【 k 】





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